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*訪問者*

 柔らかな朝の調べは簡単に外部から壊される。眉間に皺を作り、薄目で傍らのデジタル時計を覗くと、A.M.6:03。 驚きと不満をぶちまけながら、私はすっぽり頭から布団を被った。早朝の訪問者なんて、ろくな奴はいない。痺れを切らして、出直してくれることを願おう。しかし、そんな淡い期待もむなしく先に観念したのは私のほうだった。鳴り止まないチャイムは飽きるどころか、メロディーまでつけて楽しんでいるようにも聞こえる。私は重い身体を引きずって玄関へと向かった。昨夜は寝付きが悪かったせいか、少しぼーっとしていた。

「はーい、はいはい、今開けますよ」

 錠を外し扉を開けると見覚えのある顔が二つ、目に飛び込んできた。ブランド物のスーツケースを従え左腕に乳飲み子を抱えながら、らんらんとした赤いヒールが眩しい。

「いったい何時だと思ってんのよ? 姉さん」

「いいから、上がるわよ。もう、あんた出てくるの遅いから身体が冷えちゃったわよ」

 そう言って、嫁いだばかりの姉はずかずかとウチに押し入り奥へと消えていった。自動的に後始末を任された私は姉が放置したスーツケースを室内に入れ、片方倒れた赤いヒールを正すと、一つ深い溜息を吐いた。なんだか、厄介なものを背負い込んじゃったな、私の責任でもないのにわけもなく後悔が胸を染めた。

「あったかいコーヒー淹れてよ。それから、この子にもミルクを」

 私は返事をする代わりに、手早く冷蔵庫からミネラルウォーターとミルクを取り出し、それぞれ固定のマシーンへとセットした。

「あと、灰皿もね」

「ウチ、禁煙なんですけど」

「いいじゃない、あんたまで旦那と同じこと言わないでよ」

 そう言った時にはすでにタバコに火をつけ煙をくゆらせていた。私はぼさぼさの頭を掻きながら出来上がりのメロディーを待って、ホットミルクとコーヒー、それから灰皿をトレイにのせて、ソファへと運んだ。

「で、いったいどうしたのよ?」

 左手にタバコを挟み音を立てながらコーヒーを啜る姉に、私から話の口火を切った。

「やられたのよ」

「えっ? なにそれ」

「アイツに女がいたのよ」

「あっ……ふーん」

 私は大して驚きはしなかった。しかも、その大かたの驚きも義兄ではなく、姉に対するものだった。義兄の浮気は今に始まったことではない、それを承知の上で姉も結婚を決意したのかと思っていた。

「なによ、ざまぁみろとでも思っているんでしょ」

 私のそっけない態度が姉のカンに障ったのか、姉はまだ長いタバコをもみ消した。

「そんなこと、思ってないよ。ただ、もとをたどれば姉さんも兄さんの愛人だったじゃない」

 痛いところを衝かれたと言わんばかりに私から目を逸らすと、姉は我が子に助け舟を求めた。

「おばちゃん、いじわるね。皆でよってたかってママをいじめるのよ」

 私は無視して、話を続けた。

「あの時、姉さん何て言ったか覚えてる?」

 我が子の両手を取り、さぁー、ととぼけたフリをする。

「愛した人に、たまたま妻子がいただけよ、そう言ったのよ」

 私はなんだか勝ち誇った気分だった。おそらく、当時は姉も同じ気分を味わっていたのだろう。

「だから、我慢しろって。自分も前妻に同じ思いをさせたんだからその報いを受けただけなのよって。そんなんで納得出来るわけないでしょ」

 突然の姉の逆上に私だけでなく、子供も驚きを隠せなかった。そして、母親を真似て子供も泣き出してしまい、ほとほと私は参っていた。

「じゃあ、どうすんのよ? 別れるの?」

 突っ伏す親子を傍目に私はビデオデッキの時計を確認した。すでに七時が間近に迫っていた。そろそろ出勤の支度をしなければ、初日そうそう大目玉を食らってしまう。今日から私は社会人として、誰の扶養も受けず激しい荒波を一人で漕いで生きていかなければならないのだ。

「姉さんとは違うのよ」

 焦りからか、気が付くとぼそっと私は心の内を独白していた。しまった、と思い姉から視線を外すと、おもむろに姉は頭をもたげて言った。

「何があたしと違うのよ。あんたも同じ穴のむじなじゃない」

 その意味深長な発言に私は嫌な予感がした。

「さっ、私は出かけないと」

 そう言って立ち上がろうとした時、姉は我が子の掌を私の目の前に広げさせた。

「これ、旦那のケータイの電池パックの裏に貼られてたの。あの人、愛人が出来てはそこのプリクラのシールも取っ替えてたのよね」

 私の目は最大限に見開かれたまま、固まっていた。

「あんたなんでしょ、新しい愛人は」

 頭の中で避けられない二つの道が立ちはだかっていた。一方は会社に怒鳴られるか、一方は姉に絶縁されるか。さぁ、どっちを選ぼう。

                            END 

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